あの日の月曜日は小雨だった。前日はかなりひどい雨で気温が低く、この季節としては異常な寒さだった。
朝からの倦怠感とあちこちが痛くて、昨日から寒いので風邪でもひいたかと思い、体温を測ってみたところ37.7度あった。
これはいかんと思い、どうせ日曜日だし、雨がひどいのもあるし、今日は寝て暮らそうと決めて一日じゅう布団に入っていた。翌朝検温したら39.7度あるので、いつもの病院に行くため、まず電話してみた。と言うのもいつも月曜日のあの病院は患者がごった返して、座るところもないほどの込みようで、2時間、3時間の診察待ちは当たり前が普通だったからだ。
しかし、電話の向こうはいやにしんとしている。混み具合を聞いてみたところ、「そうでもない」と言うことだし、すぐに来たら大丈夫ということなので、昨日の検温の流れなど測定して、記録した紙を持っていってみた。受付で名前を書いて座ろうとしたら、女性の事務員が「ご自身のお車の中でお待ちください。その方が安全ですから」と言う。
見渡せば、いつもと全然違って患者はほとんどいない。自分のことばかり気を取られていたが、まわりを見渡せば、いつもは広い待合室にもいつもは、20人以上がごった返しているほどなのに、中年のご婦人が1人うろうろしているだけである。
看護師さんの姿もない。これはどういうことだろうと思い、受付で聞いてみたら、「コロナで皆さん、こないんです。ここんとこ、ずーっとこんな調子なんですよ」と言った。
岩国にコロナの影響はほとんどないと聞いていたが、あれほどあふれていた患者は何だったのか、あの人たちは世間話をするために毎日のようにここに来ていたのかと思ったりした。
車で待つこと15分、車外は少雨が降り続いていた。そのうちにいつもの先生が来て、「すみませんねぇ。広実さん。こんな天気だから中でゆっくり話を聞きたいのは山々なのですが、最近は指導が厳しくて大変なのですよ」と言った。
彼はカルテをわきから取り出して聞き取りの診察を始めた。私は車のドアガラスを20センチ下げただけで車内にいるが、医者は外で小ぶりながら雨が降る中、立っている。傘もない。
診察をしながらカルテに書き込んでいくのだが、カルテの紙は雨に濡れて書きにくいらしい。時々、自分のズボンにカルテを擦り付けて水分を取り除いては書いていた。
雨はだんだんとひどくなってきた。先生の眼鏡もほどんど雨粒で沖縄のゴーヤのようになってしまい、見えそうにない状態であったが、彼はそれでも眼鏡の上から腕の着衣でこすっては雨粒を払いながら診察した。
「先生、きょうの私のはとりあえず、この前と同じ薬を出してくれませんか」と言ったら、「風邪みたいですが、一応コロナを疑わないといけないので、そうもいかない。もうちょっとで済みますから辛抱してください」と言って診察を続けた。
私は一応車とはいえ、屋根があるから良いのだが、先生はますますひどくなってきている雨の中で何回もひじやももでカルテを拭きながらの診察を続け、申し訳ないやら、すまない気持ちやらで身の置きどころがなかった。
何十年も病院に通っているが、こういう場面は初めてで、野戦病院さながらのこの状態は、どうしてよいかわからず、背中がずぶぬれになりながら診察を続けるこの若い先生に涙が出そうなほど、申し訳なく思った。額からぽたぽたとしずくを垂らしながら、ようやく診察を済ませ、彼は院内へ小走りで戻っていった。
10分も待っていたら、また出てきて薬袋を私にくれて「この前と同じ要領でこの薬を飲んでみてください。あすの朝も熱があったら私に電話をください。こなくてもよいですから、救急車の手配をきょうから用意しておきますので」と言って彼は降りしきる雨の中を傘もささずにびしょ濡れになりながら去っていった。私は彼の後ろ姿に思わず眼を閉じて両手を合わせた。
今どきまだ、こんな熱血医者がいるのだなと思いながらも家路についた。自分が恥ずかしいのか、目がうるうるとしていた。
しかし、その反面、今頃の隣県の政治家はどうなっているだろうと思った。政治にはとんでもない金がかかると以前聞いたことがある。それも桁外れの巨額の金額だ。その金を賄賂につかっている議員の先生がいる。そのお金は私たちの税金だ。政治にはどうしてもすごく金がかかると聞いているから腹は立たないが、許せない気持ちだ。いや、絶対に許せない。昔であれば、テレビの故・藤田まこと演じる(必殺仕事人)を探して処理をお願いしたいくらいだ。
この2人の違いはなんだろう。医者は患者を早く楽に安く治したい一心で頑張っている。反面、議員は当選して市民、県民、国民に楽な暮らしをさせたくて頑張っているのではないのか。この2人の心にそんな乖離があるとは思えない。これらの仕事に就く動機は似たようなものだったはずだ。いつの間にこんなに変わってしまったのか。
そうした業界に素人の私が思うには、議員の先生でこういうことをする人は大抵が一代でお金持ちになり、実力者になったのが多いと聞く。すばらしい仕事もするが反面で裏側では黒い、暗いところが同じくらいあるらしい。…と言うところなのか。
この若い医師は今から30年は期待ができる。しかし議員の先生は近い未来、裁判官が「おいでおいで」と手を振っているような気がする。同じような気持ちでこの仕事を選び、両方とも一生懸命頑張っているのに、片方は神様のように慕われ、また他方は悪質、極悪人のごとく扱われる。どこかで何かを踏み外してリズムが狂ったとしか思えない。
出発の時点での意欲ではほとんど差がなかったはずだから…2人とも商売のやり方は違っても、最終目的は全く同じで『信頼』ではなかったのか?私も同じだが、欲しいのは絶対の「信頼」だ。これ以外に欲しいものはない。
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