交通事故の第一号

長老に聞いた話なのだが、車の事故の第一号はなんと皇居の中だったそうである。そんなバカな、、、天皇が車の事故などに遭うわけが無い。などと思わずに続けて読んで欲しい。御車の担当の侍従が倉庫の中において有ったそれを引き出したまでは良かったが、なかなかかからないエンジンに手間取り遅刻気味であった。車寄せまでいくべく桜並木を急いでいると向こうから来る馬車にでくわした。馬車は道の真ん中をドンドン来る。御車も真ん中を走っている。当時は右側通行など決まったものはなかったから馬車も御車も皆ど真ん中を悠々と走っていた。出っくわした御車はよけようとしない御者をみて仕方がないので自分がよけた。そのよけた所にたまたま桜の木があったというわけで、ドカンと一発ノーブレーキで思い切りやってしまった。侍従長を呼んできたりして皆で集って協議したが捨てるわけにも行かないだろうから、修理しなければいけないだろうということになったのだけれども、どうやって修理したら良いか、はたと考え込んでしまった。修理工場が未だ無いのである。馬車や牛車の出会い頭の事故は良くあったが素材が材木で出来ていたので製造元の大工をよんできて、修理させていた。しかし桜にぶつけた御車はアメリカ製だ。修理する技術者も材料もない。第一御車には色んなものが使ってある。材木もあるがトタン板もある。さび止めとして塗装もしてあるようだ。鉄もかなり使ってある。結局材木は大工に、ボンネットの鉄板はトタンみたいだから屋根屋を引っ張って来て、飾りは金細工師に、ペンキは無いから漆塗り職人を連れて来いということになった。立派な分業だ。(ちなみに最近になって京都の漆塗りの会社が試しに車を塗って見たところ、なかなか仕上がりがよいのでこの際、漆を大々的に宣伝して売ったらどうかということで急に漆が脚光を浴びてきだしたのだが、当時は塗るものと言ったら漆か、染め粉、墨、油、柿渋、とのこ位のものしかなかった。)彼らは兎に角、元どうりに直せというありがたぁい命令を戴いて修理に取りかかった。今思えば「済みません、出来ません、直りません」では腹を切らねばならなくなるので、必死だったにちがいない。彼ら職人の技術はそれは素晴らしく、殆んど魔法使いの域に近いものであったのだが車の修理などやった事が無いので面食らったことだろう。漆職人にしてもボンネット一枚ほど大きいものはかって塗ったことが無かった。仕上がりは漆だから塗装のそれより格段に美しく仕上がるだろうけれども塗ったボンネットを入れる蒸し釜の大きいのが当時は無かった。修理する工具を作る事からまずはじめる事になったが、一ヵ月後、御車は見事に元どうり復元に成功した。いや外観は漆塗りであったから元以上に美しく仕上がっていた。事故を起こした侍従の処置を巡って話があったのだが、勝手の分っている馬でも暴走する事があるのだから、ましてくるまなど分けのわからないものは仕方ないだろうと言う事になったそうで、ぶつけた侍従はお構い無しということになった。御上はお乗りになっていらっしゃらなかったのだから、とりあえず良かった良かったと言う事になった。古きよき時代の話である。