コラム

94 タクシー運転手の信念

その日たまたま乗ったのは四葉タクシーだった。財布を持っていなかったので、女房から一万円札を貰ってそのまま、ひょいと乗った。考えてみると運賃は2千円位だから3千円も、貰っておけばよかったのに、

運転手さんきっとグズグズ言うだろうなーと思いつつ、車が走り出したら切り出した。そうしたら彼はすぐ言った。「エーさっきのお客さんに全部払っちゃったからなー、こまったなぁ、まーなんとかなるでしょう」

「途中に本社があるから寄り道して行けばいいですよねぇ」そんなことを言っているうちにすぐに目的地に着いた。そしてこれしかないからといってその一万円札を差し出したら「えぇーこまったなー、お釣りはぜんぜんないしなぁ、

まぁいいやお客さん、又近いうちこのタクシーに又、乗ってくれるでしょう?そのとき払ってください」「そうもいかんだろうから一万円札を半分ずつにちぎろうかね?」「エーお札をちぎるんですか?ちぎらなくていいですよ」「いいのかい?」

「いいですよ」「じゃなにか紙にでも書いてくれよ」「分かりました、今書きます。」と言って彼は領収書に\2300と書いて自分の名前だろう中村と下に書いた。そして領収書と書いてあるところを二本線で消すとその紙を渡してくれた。おもしろい人がいるものである。―――

この人は何を考えているのだろうかと思った。私が近日中にこのタクシーに乗る確率は限りなくゼロに近い。するとたぶん私が自発的に会社に払いに来てくれることを期待しているのだろうが、それも甘いかもしれない。きっと私は払いに行くだろうけどもいつになるか分からない。

その結果ふみたおしになるかもしれないし、ふみたおさないまでも私のことだから今晩寝たら明日の朝になったら、このことはきれいさっぱり忘却の彼方にちがいないだろう。今頃、忙しくて昨日のことも覚えていないことが多いのだ。

第一私は運転手さんに名前も住所も言っていないし、彼も聞こうともしない。まして身分証明書などを見せろとはいわない。どこの馬の骨とも分からない私に2300円とは言え夜間の客に名前も聞かずに信用貸しで貸すだろうか?。

(信用も何も私はこのときに、このタクシーには始めて乗ったので、四葉タクシーという会社名以外の事はなんにも知らない)私は頭が痛くなった。田舎の町に行ったらこんなことはたまにはあるかもしれない。しかしここは12万人の町だ。いったん別れてしまったら回収できない確率が非常に高い。

大ホテルなどによくあるサンキュウコールを期待しているのか。だったらこの運転手は甘すぎる。相手が私では、期待はずれに終わるだろう。そのうち回収にくたびれてこんなことは止めるに違いない。しかし心にこれだけの余裕があったらきっと事故などは起こさないだろうなと思った。

そして若い運転手さんから商売の基本を教えてもらったようで、少し恥ずかしいような気持ちになった。ありがとう中村さん、お客様を信じるという初歩的なことを私はながい間に忘れてしまっていたような気がする。私は今から商売とか、お客様とかについて考えなおしてみるよ。

そういえば最近はホテルのチェックアウトのときに、冷蔵庫の中の商品の消費状態は自己申告のところが増えてきたような気がする。あれもお客さまを信頼していないと、出来ないことだよなぁ・・・・・・・・・?。

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