コラム

 60  車台番号

私のお客さんがある日、近くでビルが建つと言うのでそのビルの工事現場に車で行って工事を見物していたら突然、上から鉄骨が落ちてきて車のワイパーの所にあたり大きくへこんでしまった。

ガラスは割れボンネットも激しく曲がっている。皆が集って眺めていたがへこんだ車は凹んだままだ。鉄骨のバランスが悪くてワイヤーから抜けて落ちたようだった。

「やれやれ、怪我人がなくてよかったよ」と現場の人が言った。「冗談じゃないよ、何言ってんだよ俺の車、まだ新しいんだぞ、どうしてくれるんだょエーォイ!!」そこに現場監督がやってきて「すみませんお車を壊してしまった事は深くお詫びします。

こちらで修理させていただきたいのですがよろしいでしょうか?」「全然よろしくないが仕方がないだろう。しかし俺は修理代をはらわないぞ絶対に!」「もちろんです、こちらの方で全額見させていただきますので修理代の御心配はいりません。

ついては一丁目にヒロミ自動車というのがあります。当社の指定工場で恐縮なのですが、修理の依頼を電話しておきますのであそこへもっていってくださいませんか?よろしくお願いいたします。」 といって深く頭を下げた。

「当たり前だよ!!俺の車こんなにしやがって、ちくしょうめ、!!」と言うわけでその人は私の工場に泣き出しそうな顔をしてソロソロとその車を持ってきた。私は「こりゃあすごい、よく怪我しませんでしたねぇ」「乗っていなかったんだよ。

乗っていたら目にガラスの破片が入ってきっと大変だったよ。」゜「そうでしょうねぇ、まぁ怪我がなくてよかった」「良くないよ、俺の車、事故車になっちゃった。まぁ立ち入り禁止の看板があったのに入った俺も悪いと思うのだけれどね

修理代はあそこの海山工務店に請求書を廻してくれよ。それから相談なんだが俺の車、、、、事故車にされたのでいくらかあの会社から取って欲しいんだけど、どんなもんだろう?」「小ずかいが欲しいんですか?そりゃ問題だ」

「事故車にされたのだからある程度、当然と思うんだけど駄目かな?」「どうしても欲しいって言うなら言ってみてもいいけど海山工務店は修理代は全額払うって言っているのでしょう?」「それはそうだけど鉄骨を落としたのはあっちだから、、、」

「あなたのほうにも立ち入り禁止の看板があったのに入って事故に遭ったわけだから少し過失が有るかもしれない」「過失?」「そうです過失です」「うー――む過失ねぇ」「小ずかいを要求したら修理代も過失割合によって折半にしようとか言ってくるかもしれない。」

「ということは俺が修理代の何パーセントか払わないといけないわけ?」「そうなる可能性があります」「冗談じゃないよ、ならいいよ」「今回は何も言わない方がいいかもしれないですねぇ」「わかったょそうしょう」ということになった。

そんなことがあって修理の見積もりを開始した。そして又問題が発生した。ご存知のようにワイパーが取り付けてある所の鉄板は、普通の車は車台番号が打刻してある。そしてこの打刻は車のナンバープレートと同一で触ってはいけない聖域なのだ。

しかし今回はちょうどそこの所が凹んでしまっているので、その部分の鉄板を交換しないといけない。どうしょう、、、困ったなぁー――などと悩んでいると帝国保険会社から電話で先述の車が入庫しているか、被害部分はどこか、修理代はいくらくらいかかるかなどと聞いてきた。

なんでも工事の為の保険がかかっていたらしいのである。帝国保険会社は一通り話を聞いてこう言った.「それでは鬼取鑑定人に見に行って頂きますのでよろしくお願いします」かくして私はこの鬼取鑑定人とやりあう事になった。

彼は般若の面をかぶっていると思えるほど強面でありこの地区のヤクザ絡みの事故は、どの保険会社でも彼がほとんどを処理しているのである。顔もきついが口の悪さも定評があった。

彼は翌日やってきて私が差し出した修理見積書をみてから「おい!カールパネル(車台番号が打刻してある場所の鉄板)の交換とあるがナンバーはどうするのだ?」「どうすると言っても取り替えなきゃ直らんだろうから替えるのだ。

しかしナンバーはどうしたものかなぁー」「あそこだけ直せよ,あそこだけ、、、、、」「エー?あそこだけ?そりぁまずいんでないの、とくにあそこは、、、」「別にあそこを修理してはいけないと言う法律があるわけじゃなし、悪いことをするわけじゃないから問題なかろう?

それとも書類を作って陸運事務所にもちこむか?そうしたらナンバーの数字が変わるし厄介な話になるから直したほうがええんじゃないか?あそこだけ直せよ」こうした経緯で車台番号の所だけ現車から鋸で切り取って新部品に溶接する事になってしまった。

何かとても後ろめたい事をしているような気持ちがしたので工場の裏の方に持っていって作業した。こんな仕事は余りしたくないものだとか思いながらした。誰がどこで見ているか判らないし、又見たらどう勘違いするかもしれない。

その結果変な所に密告でもされたら偉い事になる。あとにも先にもこんな作業をしたのはこれきりだった。前述の「ちょっと裏」でヤクザがしていることと同じだったからである。

仕事と言うものは終わった時には達成感があってスカッとする気持ちになるのが普通だが、いつまでも心にうやむやとしたものが残った。

しかしお客さんはまだ何か言いたそうであったがとりあえず喜んで乗って帰って行った、、、、、、、、、。

次へ続く

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