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保険がない 山崎大介さんは背が高く体も大きい。顔が黒く声もガラガラ声で押しが効く。普通に話している分には感じないのだけれど、怒った時などは何をされるかわからない様な異様な怖さがある。 そんな人だから彼が大きな声を出すと皆それをいやでも聴いてしまうようである。そしてそれは交通事故の相手でもそうだった。 彼はこの3年間で2回、事故を起こしたがその2回とも彼のペースに相手を巻き込んでしまって、事故は本当は彼の方が大分悪いのに五分五分にしてしまい、それぞれ自分の車は自分で修理すると言う事にして解決してしまった。 そう言うことがあったことから変な自信がついてしまい、彼の口座から保険料が3ヶ月前から落ちていなかったのは分っていたのだが何とか成るだろうと思って放っておいた。 代理店からも保険会社からも保険料の催促の通知が来たが、長引く不況で仕事は少なく色々なローンもたくさんあることだし事故がおきても又いつもの調子で大声で相手を黙らせてしまえば良いと思っていたのでそのままにしておいた。 それからまもなくだった。又、追突事故を起こしてしまったのである。今回の事故は出会い頭の事故ではないので大声で黙らせる事も出来ずに困っていた。 それでも時間稼ぎのために「御前が理由も無く急停車するから事故が起きたのだ、俺の凹んだ車どうしてくれるんだ?」とか言っておいた。 相手は「理由はともかく追突は追突なんだから早く保険の手配をして修理してください」と催促の電話が来た。保険料を払っていないので保険は使えない。この事は十分、分っていた。 しかし現金もないし、貸してくれそうな人の心当たりもない。しかし相手は早く払えとうるさい。ここんとこ毎日のように電話が掛かってくる。 彼はとうとう切れたので開き直って「好きにしろ」と言ってしまった。相手の人は上等の保険に入っていたと見えてすぐに車は新車に変えてしまった。 そして事故車はへこんだまま下取りに出してしまったのである。そしてその修理代は自分の保険から早々に貰って手を引いてしまったのであった。 修理代を立替払いした保険会社は担当の人を浜崎さんに差し向けた。そしてその担当は言った。「修理代は全額すぐに払ってください現金で」金がないから保険料が払えずにいたので保険が出ないのである。 月々の保険料が払えない者に修理代を一括で払えって言ったってそりゃーないぜと彼は思った。しかし保険会社の担当はどこかでローンでも組んででも都合して来いと言う。 「ちなみに私の言うことを聞かないのなら弁護士と交代します。そうなればあなたの財産を差し押さえることになるかと思われます。そんな事にならないためにも私に協力してください。 早く全額払ってください。万一放って置いたら当て逃げで刑務所に行くようなことになっても知りませんよ」などと脅された。山崎さんは困った。金はない。 財産もないから取られそうなものと言ったら何もないのだ。古女房は取っていかないだろうし,取っていってくれたらうれしいのだが、、、、、家は市営住宅だから取られる心配はない。 サラリーマンではないから給料はさしおさえが出来ないだろう。車はへこんだままだからもっては行かないだろう。山崎さんは担当に言った。「金はないし、保険もない、財産もないから一括では払えない。 だから毎月一万円ずつの月賦にしてくれないかなぁ、だめなら金を貸してくれるとこを紹介してくれよ。それもいやならこの首でも切ってもって帰れ!」 そしてついでに「とりあえず今月分を今から払うから取りに来い。来なければ次の集金が来てなくなるぞ」保険会社の借金取りから次の電話は未だ掛かってこない。 保険会社は町金融ではない。だから高利貸しのように「目玉や腎臓を片一方売れ」などとはいわないし「タコ部屋の外国航路の船に2年くらい乗り込め」とかもいわない。 そして担当は毎日とても忙しい。毎月集金なんてとてもやってられない。車でも直ったら差し押さえてやろうなどと思って待っていた。 そうこうしているうちに一年が経過し、担当は近くを通る度に集金していたが年末と盆まえにまとめて払ったので2/3が終わっていた。 その頃には山崎さんは車に又保険も掛かっていて順調に支払いは続けられた。すでに担当は彼の自家用車を差し押さえしようとは思わなくなった。そうすると仕事にいけなくなるので支払いが又とまることになるからだ。 世の中は広い。だから色々な人がいる。山崎さんのような人も今頃では増えた。不景気が長く続くとあちこちに歪が出る。 最近車が凹んだまま乗っている人がずいぶんいるようだ。こういう人の車は保険がかってないかもしれないので近くに寄らないようにしよう。触らぬ神にたたりなし、、、とかいうからなぁ |
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