コラム

   

58   喉もとすぎれば

平成11年に酒の呑みすぎで膵臓炎になってしまってから酒は医者の命令で一切やめさせられた。それからは酒は全然一滴も飲まなかった。この酒好きな私が我ながらよく4年半も辛抱できたものだと思う。

自分で自分の頭をなでてやりたいくらいだ。一滴も呑まない日が何年も続くと不思議なもので夕方になっても酒が欲しいなどとは思わなくなり、いつしか酒の事は完全に忘れていた。しかし新幹線に乗って出張などに行くと出先でお客様が酒を進める。

最初は理由を話して全部断っていたが4年半以上もたったある日、蔵出しの普通の人は絶対に手にはいらない最高の酒が手に入ったと言う事で「ちょっとだけでも呑んでみませんか?」と言う事に成り唇を湿らすだけといって呑んでみた。

これがなんと美味かったこと、美味かったこと、いかに超一流の酒とは言え4年半ぶりに呑む酒はほんとにうまかった。しかしその酒はその場にしかなかったものでそれで終わったが、そろそろ5年近くも経つのだから少しぐらいは飲んでもいいんじゃないかな?とか思って家に帰ってきて土曜になったら缶ビールを買ってきてちょっと呑んでみたが、久しぶりのビールは苦くて苦くてとても呑めない。

ワインもチューハイもブランデーも同じで異物感がありとても飲めるようなものではなかった。しかし不思議な事に私が生粋の日本人であるからか日本酒はそれほど上等なものでなくてもおいしく飲めた。飲めたといってもコップに一杯だけのことだ。コップ一杯でも飲むともう酔ってしまって天井がぐるぐる廻るのである。

4年半も一滴も飲んでいなかったのだから当然かもしれない。昔はしこたま飲んでへべれけになるほど飲んでも酔い心地はいいものではなかった。しかし今の日本酒コップ一杯の酔いは格別だった。

嬉しくて楽しくてしかたなく、天の羽衣をまとって天女さんとカップルで空を舞っているような心もちで、なんともすばらしいものであった。だからそれからは毎週土曜に成ると日本酒をコップ一杯だけ飲んだ。

最初は安い一升で千五百円位の物を呑んでいたが一杯だけしか飲まないのだからもっと上等なおいしいものを飲んでもいいだろうと言う事で一升が一万円のものを求めてきた。一万円と言っても一杯だけしかのまないのだから3ヶ月はある。

割り算すると一週間で千円だから一万円もする酒については女房はなんにも言わなかったが酒を飲む事自体に関してイヤーな顔をした。本当は全然飲ませたくなかったのだろうから無理も無い。膵臓炎の時は突然一ヶ月間入院してその間、会社をほったらかしにしていたのだから仕方がない。

そのとき女房は私がいない分、大変な苦労をした。だから二度と病気になどなってもらいたくなかったのだ。あの時は本当に皆に迷惑をかけた。喉元過ぐれば熱さ忘るるということわざがあるが4年半もたつとあの時の膵臓炎の痛さなどコロッと忘れて又酒を手にしているのは困ったものだ。

一時はもう一生涯自分の酒はないと心に決めていたけれど時間が経ってみれば、どこからか神様が酒を持ってきてくれたところを見れば未だ私の飲むべき酒は残っていたのかと思ったりするのは勝手過ぎるかなぁ。

4年半も飲まなかったから酒の利子が溜まったのだろうなどと馬鹿なことを考えたりもした。よせばいいのにそれから一年以上も土曜になったら決まって日本酒を一合だけ飲んでいた。そうこうして暑い夏が来て皆がビールをすすめてくれる季節になった。

一年前は苦くて苦くて全然呑めなかったビールも発病以来6年半を経過する頃になると少しは飲めるようになってきた。そしてビールをすこし飲んだあとにおいしい日本酒を一合飲んでいたが体が弱って来ていたからだろうか、ビールと酒のチャンポンは泥酔するようになってしまった。

40代はいくら飲んでも酔わなかったが50代になった今、少しでも飲みすぎるとひどく酔う。だから余り多くは飲めない。次の日がしんどくてやりきれないのだ。次の日は昼頃までフラフラと酔っている。だからあまりおそい時間までは飲むのはやめにした。

肝臓かどこかに無理があるのに違いない。膵臓は痛くないから未だ大丈夫だろう。土曜に飲むと日曜がきつい。しかし月曜になると又回復してくる。酒は飲まない方が体はとても快調だ。でもなぜか土曜日を待っているかのように土曜になったら又コンビニに行って缶ビールを買ってきている。

この性格は死なないと直らないのだろうか。それとも死んでもなおらないのかな?そのことを知ってか知らずか息子は酒は殆んど飲まない。そういえば私も若い頃は酒も飲まないでパチンコや麻雀ばかりやっていた。

息子もやがて40才〜50才になったら今の私のように飲むのかな、、、と思った。そういえば私の父は母と結婚した時は奈良漬を二切れ食べただけで真っ赤になっていたと母が言っていたが、それが変われば変わるもので45才の頃は村で一番の酒豪になっていたそうだ。

その血筋を引いているのかもしれない。だったらやっぱり死なないと治らないのかなぁ。まあ酒も、タバコも、バクチも節度を持って付き合うには何の問題のないが使用量を誤ったら身の破滅に直結するのだからいかに百薬の長なんて言ったって気をつけなくてはいけないと思うのだが、その真っ只中にいる人にはいくらしつこい家族の忠告も殆んど耳に入らないのはなぜだろう。

バカは死ななきゃあ♪なおらないィィィィと浪花節語りが遠くでうなっているのが聞こえた。やっぱりそうだろうなぁ。 

 

次へ続く

コラム一覧に戻る


Copyright (C) 2001 : sanko jidousya co.,ltd All Rights Reserved.